<2006年3月 正午の茶事~彼岸の頃>

待合から腰掛待合にすすむ。春の芽吹きを思わせる若草色の火入は、カップの見立て使いです。

   

初入りの床には円相を掛けました。宇宙全体を現しているといわれる円相に、今この時、ここに生きている自分を感じていただければ。また、円相は彼岸への入り口とも思えます。

初炭点前。右ききの方は右手で蔓の上を持っていただく方が、上手く釜のかけ掛替えができます。
香合は萩焼。雲の紋様に空の文字が入っています。般若心経の一節が浮かんできます。

彼岸のことですので、向付は精進の五色胡麻酢和え、汁は手づくりの蓬豆腐です。心を込めて、手間ひま掛けて懐石の準備をするところに意味があると思います。

懐石の華、煮物椀は、蛤の薯預蒸しに天然の車海老。あまりの元気よさに、お彼岸なのに殺生はつらいねといいながらの調理。生き物の命をいただいて、私たちは生きていることの再確認。感謝。合掌。

千鳥の杯はタイミングが大事。何度やっても覚えなれないと、皆さんの嘆きの声が・・・。
八寸は、酒の肴にふさわしいもの、少しめずらしいもの、走りのものを考え考え、準備します。色どり、食感、味のバランスなども考慮して選びます。

主菓子は味噌餡の春野餅。つくしと山椒を載せて少し焼いて香ばしさを出しました。

後入りの華。彼岸桜とピンクの椿。おおらかなご亭主Kさんのお人柄が偲ばれる花を入れてくださいました。手桶の花入れ、赤い雲の敷板もお彼岸らしく。

濃茶。シンプルな黒楽、蝋燭手の茶入れ、大きく反った茶杓の銘は「彼岸」あの世とこの世を、二節の茶杓が物語してくれました。   

 

干菓子は水の落雁と蝶々の雲平。蝶々は、亡き人を偲ぶ意味で、向う向きに盛りました。

木地の四方棚に、青唐津の水指、小川二楽さんの赤膚奈良絵の茶碗、蓋置は白菊です。

暑さ寒さも彼岸までと申しますが、季節が移ってゆくさまが日一日と感じられるころの茶事。
春分の日を中心にして前後三日の七日間がお彼岸です。今年は17日が彼岸の入り、23日が彼岸明けです。彼岸とは梵語のハラミタの訳で、
功徳を成就して涅槃(死 解脱)の向こう側の世界に至るの意味。寺院では施餓鬼などをし、家ではおはぎなどを供えて先祖供養をします。
先祖供養だけでなく、生きている我々も、日々功徳を積んで、いい人生を送りたいものですねというメッセージを込めた茶事でした。

<2006年2月 夜咄の茶事>

迎え付けが終って、手燭を床に置きます。
軸は「龍起一潭氷」深い淵に潜んでいた龍が
春を待ち氷を割って現われる一瞬
をとらえた壮絶な景色。
利休の侘びはこのように力強いものだと思います。

短ケイのわずかな灯りで、前茶を。
寒い季節、 まずは暖かいお茶で
暖をとってもらいたいとの亭主の気持ちです。

蝋燭のほのかな灯りの中で見る
赤くいこった炭の美しさは格別です。

煮物椀は利休卵。
利休が好んで懐石に使っていた
という胡麻の入った卵豆腐。
古酒を使っています。

強肴は鍋仕立てにした
大根と豚のべっこう煮。
夜咄なので、懐石も少しラフに。
正午の茶事より格を落とすところに面白みがあります。

膳燭の芯を切るのが
懐石の醍醐味だったりする。

夜のことですから、お酒も進みます。
お酒が好きな方には、石杯と預け徳利をお出しします。

主菓子は「雪間の草」という銘をつけました。

茶事のクライマックス
濃茶が練りあがりました。

干菓子は、すり蜜のボタン雪と金柑の砂糖漬けを
ざっくりと盛り合わせました。

ちょっと大きめの水指の蓋のつまみは可愛い梟。
能登の江崎満さんの作です。

 

時代の海上り安南の小壷を茶入に。
茶杓はかい先にひびが入ったものを金継した、銘「再来」。
棗は夜咄のために私がデザインして
池之浦大起先生に作っていただいた、雪華蒔絵平棗です。

立春をすぎ、暦の上ではもう春ですが、一年で一番寒い厳寒ころ、ほっこり暖かいお茶が、心を満たしてくれます。
寒い時期のお茶はまた格別の楽しみ、喜びがあります。
こもり居しながらじっと春の訪れを待つ、利休の侘びの心そのままのお茶を楽しみましょう。

<2005年12月 除夜釜>

 

除夜の床は、一年の終わりにふさわしく「無事是貴人」手燭のあかりで拝見します。
花の代りに、蝋燭の油煙を吸ってくれるという石菖を置きます。

まづは、今年最後の薄茶を差し上げます。

続いて、年越し蕎麦を。冷めないように小風呂敷に包んで運び出します。

 

お寺に除夜の鐘をつきに、そして神社に初詣をすませて
お客様が戻られる頃には、待合の掛け物も新年のものに変えて、お出迎え。
汲み出しは大福茶です。

新年の床には、おめでたい結び柳とのし飾り。改めて、主客、「あけましておめでとう」のご挨拶から新年の茶事が始まります。

 

半田を持ち出し、昨年の炭を上げ、その中から種火をもらい、初炭手前。
釜の湯は、新年の若水に替え、清々しいお正月の湯を沸かします。

写真の半田は、私の見立て。
琵琶湖のほとりの穴釜で焼かれた鬼が島焼きの大鉢です。
作家は武田 浪。力のある作家です。

炭手前が終ると祝膳をお出しします。
お正月らしく、羽子板に盛り込んだおせち料理の数々

煮物椀は、海老雑煮。

八寸は数の子とちしゃとう。味、食感、彩りを考えたお酒の肴にふさわしいものを用意します。

煮えもうまくついて、美味しい濃茶が
練りあがりました。
このあとは続き薄して、お客様が退室される頃には、ようやくうっすらと夜が明け始めます。

茶事塾では、一足早く、年越しの茶事をしました。
師走31日に本当の除夜釜をしたいのですが
皆さんお忙しくて、なかなかお付き合いくださる方がいらっしゃらないので
茶事塾で稽古茶事として開催しました。

除夜の侘びた風情のお茶、新年の清々しいお茶
年をまたいで違った世界を味わっていただくために、準備はたいへんです。
しかも蝋燭の灯りで行う夜咄の茶事ですから、神経も相当使います。

お陰で、茶事塾終了後、一週間は体がぼろぼろ、ほとんど病人でした。(笑)
たいへんな茶事ですから、される方もほとんどなくなったのが残念で、誰かに伝えておきたくて。
もう少し、茶事塾のメンバーが動けるようになってからと思っておりましたが
待ってたら、私の体力と気力がなくなりそうですので
思い切って開催しました。
皆さん、喜んでくださっったので、やってよかった!

<2005年11月 開炉の茶事>

霜月11月、炉開きの祝いの茶事をしました。

茶壷に詰めて山で寝かせたお茶の口を切る「口切の茶事」。
現代では、技術の進歩でそのようなことしなくても
美味しいお茶がいただけるようになりました。
わざわざそのために壷に詰めてもらうのも、なんだか形だけになりますので
峯風庵では「口切りの茶事」はしないことにしています。

でも、「口切」の意味やそれにまつわるお茶の伝統や精神は
伝えていければと思い、随所で口切のお話もさせていただきながら
炉を開く喜び、正午の茶事の凛とした心地よい緊張感を味わっていただきました。

初座の床は「松樹千年翠」
大徳寺孤逢庵の卓厳和尚の墨蹟。

棚には、初炭のための羽箒と香合を飾って。

炉の炭手前は、お客様が炉辺に寄って。
炭の暖かさ、美しさに、感嘆の声があがります。

懐石の花の煮物椀は
海老芋真蒸、扇面に開いた車海老。
薄葛仕立てに生山葵をたっぷり添えて。

お目出度い蝙蝠紋の古伊万里の向付に
天然鯛の昆布〆。
汁は亀甲蕪に小豆と芥子を添えて。

大きな栗が丸ごと入った上用饅頭。
口切の茶事に習い、柿も添えました。

 

後座の準備が整い、合図の銅鑼の音に心鎮めて聞き入ります。
アッ、手に扇子を忘れてますね。
私のチェックミスです。ゴメン。

天地の恵みの象徴としていただく
濃茶は厳粛に。
織部グリーンの茶入は
今日のために用意しました。

薄茶の干菓子は
大徳寺納豆入りの落雁と紅葉の雲平。
綺麗に作っていただきました。

<2005年10月 名残・茶飯釜>

初座の床に、香合を飾ります。

風炉が小さいので、灰型、炭手前はたいへん。
茶飯釜では、先に初炭点前をして、
ご飯を席中で炊きます。

後座の床 背負籠に名残の花々を
(木曜コース亭主kさんの花)

お釜に洗い米をサラサラと

火吹き竹で、炭の火力をあげます

美味しく炊けたご飯を手桶に

お汁は金色でとりまわし


主客、心が通う茶事でした

幻の茶事といわれる茶飯釜の茶事。
炉の季節、釣り釜の時節にするのもよいものですが、10月の名残の侘びの茶事にもぴったり。
折から、新米も店頭に並び始めました。新米の炊ける香りを一番のご馳走に、
ままごとみたいな茶事を楽しみました。
懐石は臨機応変。飯台の茶事をアレンジして、四椀重ねてお出ししました。汁椀の蓋が杯に、
飯椀の蓋が向付の器になります。

<2005年9月 夕去りの茶事 重陽の節句>

初座   花

炭手前

向付と汁

煮物椀

 

主菓子―着綿

蝋燭の灯のもと 濃茶

丁度9月9日の重陽の節句前後の茶事塾となりましたので、菊重ねの趣向の茶事にしました。
茶事ではあまり趣向が重なると席が落ち着きませんので、いつもは3つか5つまでに絞り込むのですが
重なることがおめでたいい節句ですし、少しくだけた夕去りの茶事ですので、お許しいただいて。
初座が昼、後座が夜となる茶事で、蝋燭の灯りをつかいます。
夜咄と同様灯りを照り返す塗りのものはなるべく避けたいところですが
今回は御深井の菊の水指をどうしても使いたくて、それによく合う長板での道具組みとなりました。
花入れは、昔お稽古していた秋草蒔絵の鼓を。
私にしては、いつもより少し華やいだお席となりました。